1月7日の日記

2011年1月7日 日常
ある友人。

もともと独身時代に出会い、友達になった。
私の本心は「家族」ではなく、一個人として付き合って行きたい。
だから、相手が家族としてひとくくりするのにとても違和感を感じる。

相手にしてみれば、ヤツのことも子供たちの事も知っているから、「家族」として尊重してくれているのだと言うことは
理解はできる。

もちろん、私もこの「家族」を切り札にしていた部分もないわけでなかなく、今少し子育てにも余裕ができたから、個人を尊重してほしい、と思うようになったのかもしれない。


怒っているわけではない、
冷めてしまった、といっていいのかもしれない。
友達を止めるわけでない。


また相手の反応に期待しすぎたのかもしれない。


結局、

私がどんな気持ちで相手にしてあげても、

受け取り方は相手次第なのだよ。



ニュートラルに、そして有る程度ドライに行こう。



12月30日の日記

2010年12月30日 日常
今年もあと少し。
裏日記である、こちらに今年の締めと来年の抱負なんかかいてみる。

今年は、前半好い感じに行ったけど、
ホリデーでもどってから、下降した「お金」関係。
ヤツにも愚痴ったけど、最後クリスマス前に使えるお金が無くなったってのが、恐ろしい。
無駄使いしてないんだけどなー。
今日もバーゲン行ったはいいけど、払った金額よりアイテムがおもったより少なく、買いたかったジーンズが買えたkらいいけど、もっとちゃんと吟味して買い物しないと。結局本当にほしかったスカートは諦めたし。ま、サイズがワンサイズ下でかなり微妙だったからいいけどね。
来年はもっと買い物上手になる!

「自分と人との距離感の違い」
ホリデー前半で参加した結婚式。
私は仕事関係でも学校関係でもない友達だし、家族絡みで付き合っているし、かなり親近感を持っていたのだけど、相手方にしてみたら、100人いる友達の一人でした。
なんか、別に特別扱いしてほしかったわけじゃないけど、そうかー、そんなもんなんだ私って。
少し冷めました。
あの人たちはそいうタイプなんだな。
人を旨く利用する、というと言葉が悪いかもしれないけど、人が助けたくなる、んだよ。助けられ上手。甘え上手なんだろうね。だけど、助けない。みたいな。
人に親切にされて、それをリターン出来ない事に恐縮しちゃうような私はとうていなれません、甘え上手には。

他にもいろいろあり、
私と相手が持っている距離感の違いに疑問を持った年でもありました。

人に期待すること自体がばからしい。
相手が思っている距離が自分の思っているものより、ずーっと遠くて、いやな思いというより、悲しかったのね。片思いって感じ(笑
そうやって、自分も誰かにそう感じさせている、事もあるから、いいじゃないか。

来年は、そんな邪念を捨てる!



今年は勉強も難しくなって、新しいルーティーンもあったり、一日一日を過ごすのに精一杯だった。
きっと、良い流れもあったはず、その兆候もあったはず、なのに、そんな生活をしていたから見逃していたような気がする。何か、もったいない事をたくさん見過ごしたような。
勉強の計画を一週間単位で予定を立て、その他はゆっくり自分の生活を噛みしめようと思う。
起こった事、ふと考えた事、そんな伏線をたどるのもいいかも。
その先に想いもよらない事が待っていたりする。

来年はスローライフ!
もっと、起こった事をじっくり考えてみよう。




12月19日の日記

2010年12月19日 日常
頭の中のメモ帳に書いても、私しか見られない。
シェアしないと。

12月19日の日記

2010年12月19日 日常
むかつく、むかつく、むかつく。

結局、自分が仕切りたいだけなんだよ。

何でもいい、といいつつ、何でもよくないじゃないか!

今年のクリスマスはストレス多しだな。

長女にあげたい物が違うというか、
私は3歳くらいだから、奮発してドールハウス、とか上げたいんだよ。
家にある、小さなのでチマチマ遊んでるからさ、いつも。
でも、ヤツは、そんなのいらない、3歳児なんだから何を貰ってもうれしいに決まっている、って。



最近喧嘩が多いな。
というか、私が切れてばかりなんだけど。
PMSだと思ったら、ペインターさんがやって来てもまだイライラしているし。

何をイライラしているのだろう。

とりあえず、天気も悪くって予定が狂ってしまう上に、未だクリスマスの事も出来ていないのがストレスなんだと思う。
ヤツはのんびりしすぎるから、私が早め早めにという姿勢に釘を刺す。


お互い「好きにさせてよー」って思っている。



絶対的に一人だけになる時間って無くなったな。
減ったどころじゃない。
無いよ。


毎日毎日、本当に忙しくて自分の事を考えられないの。
特に休みの日なんか、
ご飯作って、片付けて、その間子供の相手して、またご飯作って、片付けて、そんな間にまた何か子供に起こったりして、片付けて、ご飯作って片付けて、次の日の用意したり子供の寝る用意したり。
席に座って、おちゃを飲む時間さえない。お茶飲んでれば、子供がやってきて相手してほしいと言われるし、ネットでもしてちょっとchill outしたいと思ったて、コンピューター起動させたとたん子供がやってきたりして。
そんな生活をしている中で、ヤツがどかーんとソファに座ってiPhoneでゲームしてたり、PCしたりするのがとっても腹立たしいのだよ。むかつくのよ、なんで私が24/7でてんてこ舞いしているのに、そこで座って好きなことできるんだよ。
もちろん言えばやってくれる、でも言わないと全然無関心。
なんでも、いちいち言わないといけないのさ、というのが私。

平行線。いつもいつも同じ事で腹を立てているような気がする。
だから、どっかで折り合い付けないと、克服しないといけないの。




自分一人の時間、ジムとか買い物とか。こうやって日記を書く時間。

今はクリスマスで忙しいから、だからジムに行く時間も、買い物へ言っても慌ただしいからゆっくり考えていられない。
ヤツが変われないなら、私が変わるしかない。
いちいち言わないといけないのなら、いちいち言えばいい。
それはヤツが望んでいる事なんでしょ?



12月14日の日記

2010年12月14日 日常
お金が、、、、。


うーん、ここに来てどうしたんだ、という状態。

もう手が付けられないよ。

クリスマス、年末年始と物いりなのに。

今月の給料はは10日ほど早く支給されるからよかったものの、
ミルクも買えない日が来るとはこの3十うん年思ってもなかったわ。

自分の親がしてくれたように、私も子供たちがお金の心配をさせずに育てたい。
経済観念が身につかない、とかいうけど、
経済観念はアル程度の年齢行ってから自分で学ぶものだろう、と思うのだよ。
だからといって、なんでもかんでも与えるのでなく、ご褒美とか特別な時とか。
長男には、4歳くらいから友達の誕生日プレゼントは自分で選ばせている。
ヤツにしてみたら、時間も掛かるし、結局長男の好きな物を買う結果になるから、我々が選べばいいって言うけど、よく知っている子へならちゃんと好みを知って選ぶし、予算を与えてそれ以内でしか買わないと言えば、文句は言うけどきちんと「予算内に納める」事を考えるし。

今までも「ヤツが稼いだお金」という意識が強く、

もちろん、極端なばかばかしい事に使いそうな時は止めるけど、ほとんどヤツの決断をサポートしていたな。

我々は見切り発進が多い。
なんとかなる、
なるようになる、
change the plan as it goes along


貯金しているけど、月々足りない分や旅行なんかに使ったりして、短期的なんだよね。
当時はそれでも貯金があるからいいか、と思ったし、
どうにかなっていたけど、
もっと目標とか
長期的なプランを持って貯金をしないと行けない。

本当は5年前に子供を作る時に、貯金の心配をもっとすればよかった。
あの頃は貧乏だった上に、ヤツの言うがままに使っていたな。

今もサポートしているけど、
ダメだ、長い目でもっと考えないと。
これから定年、老後もある。
まだまだ先だと思っても、あっと言う間だ。

日々の生活費を私が切り詰めたり、
買いたい物をぐっと私だけ我慢したりしたって、もう歯止めがきかない。
入り口は一つなのに、出口が二つだからトラッキングできない。

使われる前に、貯めよう。

今更目が覚めた。
痛いレッスン料を払った
そして、決心したのだ。
take an action







11月22日の日記

2010年11月22日 日常
なんだか高揚気味。

週末、久しぶりに友達と外食。

ほんの一ヶ月前も同じようなメンバーと外食したのに、今回の方が充実感と高揚感が違う。


きっと少人数だったし、みんながみんな均等に話が出来たからかもしれない。

別に誰かが一人しゃべるのが悪い訳ではない、それはそれで楽しい。
自分勝手でもないし、きっと場を盛り上げるために気を使っているのだろうし、
それがキチンとできる、という点では私は見習いたいし、素敵だと思う。


そいう夜もあっていいのかもしれない。



一夜明けて、今とってもいい気分なのだ。
このいい気分をこのまま取っておきたい。
持続、というより、原動力に変わるまでとっておきたいのだ。

やりたくない、出来れば避けたい事も今なら強気でできそうだから、
これが明日に成って、やっぱりイヤだ、後にしよう、とかにならないように、
この原動力が安定させたい。





11月4日の日記

2010年11月4日 日常
自分がすごいと思われたい気持ちをなくしていくこと。


ちょっと前まで私は、「誰かに認められたい、凄いって思われたい」と思っていた。

だから、そんな私の気持をくじかせる人に抵抗があったし、
侮辱された気分になっていたのだ。



今朝ヤツと子供の頃の話をしていた。

破滅的に悪かった、姉との関係。

ずっと「承認」してほしかったんだ、と思う。

よくやってる、がんばってる、って言ってほしかったんだ。

だから、言ってくれない姉にがっかりし、愛想を付かしていた。


今はお互い歳もとり、お互い違う土地で生活をする。
私の中で、「承認」が欲しい気持が消えたのは、なぜ?いつ?

『自分がすごいと思われたい気持ち』が無くなったんだ、姉に対して。


でも基本的に、私はそいう性格なんだと思う。

だからいつも妄想の中で凄い自分を作り上げる。
でも、オチはいつも現実。
今が幸せって事だと思うけど。

今私がしていること、特に子育ての間に勉強する事は、決して誰かに凄いと思われるためにする訳ではない。
それが今本物の自信にもなっているから、誰かに「承認」を求めることはしていない。

凄いと思われたい自分、それは空虚な自信。


そいう自分をなくす事ができたら、成長するんだ。





10月12日の日記

2010年10月12日 日常
人の親切を素直に受けてみた。


のだけど、なんだかすっきりしないなー。

なんでだろーなんでだろー。


自分で出来るんだよ、もちろん助かるけど、でも、そんなに困ってもないわけで。
本当に境地に立った時にヘルプを頼む事ができれば、それでいいんですけど。

毎朝三人小さいのを連れて決まった時間に出かけるのって本当に大変だなのだけど、こいうのは慣れというか、大変だった事をネタにできる、というか。自虐?

ヘルプを探してアタフタする前に、あちらからやって来たなら、ラッキーとばかりに飛びつくのがmake life easierなのだろうか。
難しいなー。

なんか貧乏性だな、私。
自分でちゃっちゃかやってきちゃったからかなー。いつでも、どこでも。
来るもの拒んでは得られる収穫はやっぱり少ないか。

でもね、ここの人が言っている事を本気にして受け取っちゃいけない、という変な常識もあって、親切でヘルプをオファーしてくれた事を受けた私って、どうなの?と客観的に見ている自分も居たりして。

でもさ、その人、わざわざうちにやって来てまでオファーしてくれたからさ。
たぶん、真にオファーしてくれているんだと思うのだけど。


頭固いかなー私。
真面目過ぎ?

きっと誰も、どーとも思ってないだよ。そんなもんさ。


書いていたら、なんだか腑に落ちてきそうなんだけど、
まだ腑に落ちないなー。

断ってもいいだけど、そのタイミングもいつ、どいうきっかけで、元の鞘に戻すか、、、、

とりあえず、小さいのが少し手がかからなくなったら終わりにしようかな。
それまで、お言葉に甘えるか、、、、、。










10月7日の日記

2010年10月7日 日常
長男、学校が始まって一ヶ月。
校風的には厳しい学校ではないが、先生も男の子ばかりだし厳しくしているよう。
そいう型にハマらせてしまい、よかったのか悪かったのか。


私自身もかなり厳しく躾けている方だから、逃げ場が無くて息苦しくなってないかな。


信用と躾けとの微妙なさじ加減が難しいなーと。
最近本当に言い過ぎている感ありあり、私。
あまり言い過ぎると、人の顔色見て話す子になってしまいそうだし。


どんな子、なのか。
やっぱり長男だから、結構怖がりで羽目を外しそうで外せないタイプなんだろう。

信用しているよ、ママは分かっているから、大丈夫だよね。
と言ってあげれば、こちらの言う事を聞いてくれるのだろう。

何か企んでいる、何かしている、と頭ごなしはいかんな。まるっきり信用していない。

何か起こるのを未然に防ぐ事に労力を費やすより、何か起こったら対処できるくらいの肝っ玉を持たないと男の子のママはやっていけないのかな、と思うこのごろ。

型にはめたくない、でも監視下においておきたい
矛盾してるわ、私。


8月10日

2010年8月10日 日常
私は未熟ものなので、自分がほしいものを持っている人に嫉妬する。
でも、メラメラ燃やすタイプではないので、表面上は普通に接するけど、たぶん嫉妬心から劣等感を感じるのがイヤなのでその人との接触を最小限にとどめるのだと思う。

だけど、その人の事を考えるたびに劣等感を持つ自分に嫌気がさすので、視点を変えてみたらどうだろうって思った。

それは「その人が幸せであればいい」と
なんだか七夕の願い事のようだけど、これが結構すんなり心の醜い部分を癒す。

不思議である。






7月30日の日記

2010年7月30日 日常
課題の点数を見て、がっくり。
なんだか、一生懸命着飾って行ったのに、降られちゃった、とか
たくさん武器もって出かけたのに、一発で撃沈されちゃった、とか
そんな感じ。
今日提出して、今日戻って来たんだもんね、ショックが、、、、、、。


分かってたんだよ、チャプター通りだって、
分かってたんだよ、テキストからの引用が多いって、
相手をなめていたな、私。それは認めます。

なので、その結果が、この点数。

むずかしーなー。
もっと読んで、
噛み砕いて、
練り直さないと行けないんだ。



すでに片手間だけど、片手間じゃ無理だ。
今更、実を引き締められました。


なんとなく、エッセイの書き方みたいのを掴めたのに、やっぱりlevel 3なんだな。
同じ表現の頻度が多すぎるとか、
私にどうしろっていうのさ。
もっと読まないと。
追いつけません。

試験が大変だ。今から準備しないと、、、、。



落ち込んでいる暇はない。



5月15日の日記

2010年5月15日 日常
もっと上手くなりたい、と思う事はいい事。
でも、それがプレッシャーになっていないのか?

上手くならない自分に呆れてしまう日々。
もっと言えば、自分はもっと上手に出来るはずと過信しているのだ。
だから、上手にできない事へ苛立つ。

努力が足りない、というよりも、
もうこれが実力なんだよ、と認めるが必要だと今さら思う。

これ以上、上手にならないからいいや、と投げやりになるのではなく、
認めるの。
これが今の実力ですよって。
これ以上でもこれ以下でもないんだよって。

だから、がんばりましょうって。


がんばろう。

5月9日の日記

2010年5月9日 日常
成りたい自分



セルフイメージを高める。



さて、いったい今、なりたい私ってどんなのだろう。
5年後、いや、来年の今、なりたい自分。


ーーーーーーーーーーーーーーーー
少し前までは『大学へ行く事』だった。

気が変わったわけではなく、
今その時期ではない事がわかった。

通信でのたがか1教科だけなのに、ヤツへの負担、ストレスがかなりある。
いや、正直ヤツがまったく学ばない。
結局自分ばっかりなんだよなー。
自分が寂しいから、で人を閉じ込めるなよ。

もちろん、与えてもらった時間内にできない事もあるよ、
でも、私なら「きちんとやっているのに時間内にできないなら仕方がない」って思うのに。
遊んでいるわけじゃないのにさ、なんでだろう。


これがフルタイムとなると、ヤツへの負担は倍増し、ストレス/焦り/イライラも倍増、
口聞く暇もなくなりそうだ。
バランスが大変そう。
そこまで気を使って勉強する、価値はあるのか?
と問われると、

「あります」


もちろん子供たちがまだ小さい、というのも最大の要因。
お金の事ももちろん。

40代目前にして、もっとそれらしい生活をしたいものだ。
そんなんで諦めていいのか?
でもね、何を私はがむしゃらになっていたのか。
なぜそこまでして、それに成りたかったのか。
今でももちろん興味はあるけど、、。


そうすると、やっぱり仕事をしている自分が一番だな。
来年頑張って2教科とって、終わらせよう。そして、

心理学でなにかできる仕事、フォーラムに積極的に参加しようっと。


5月8日の日記

2010年5月8日 日常
「自信は、いま持っているものを、そのまま認めること。

後付けなんてできない」


アチーブメント=>自信とはならないのだろうか。

達成した、という自負が、自信に繋がらないのか?

何かをコツコツとやってきた過程が、自信に繋がる。

何かをコツコツとやってきて、達成し、達成感を味わう。

何かコツコツとやってきて、達成する、それが自信に繋がる。


どこに視点を置くか、か。
達成感に視点を置くなら、きっとそれは自信とはリンクしない。

達成はその過程であり、達成感を満たすための行動が自信に繋がるのでは。

今持っているものを、そのまま認める事が自信い繋がる。
なんとなく、分かる。
それは、自分の限度を認める事?

ーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は、いろいろな事で自分を過小評価しているとおもう。
だから直ぐに自分軸がぐらつき、自信がなくなる。


自信は、いま持っている能力、そのまま認めること。
それは、以下でもなければ以上でもない。


「後付けなんてできない」

いや、努力をした、という過程が自信に繋がるのだ。


5月1日の日記

2010年5月1日 日常
過去の日記を読んでみた。
こいう時、日記とかって便利だね。


で、思い出したよ。

当時私は、自分の事が好きでたまらなかった、のだ。

彼氏は(ヤツは置いておいて)いなかったけど、
「私と付き合えば絶対幸せにできる」という自信があったわ。
意味不明な自信だけど、
この自信が重要なんだ。

自分らしさとかありたい姿とか
迷いながらではあったけど、明確にあっていたんだよね。


じゃ、今は?

自分が好きか?というわれると、、、違うなー、そこまでの感情がない。
そんな事考える時間がないってのもあるけど
言い訳だな。

じゃ、何をしている自分が好きなのか?

以前は仕事して自分が自立していた、
自分の事を考える時間があった。


時が流れ、状況も変わったわけだから、ここから私は私らしさをみつけないといけないんだよね。

視野を広げるために、勉強をしているけど、それをアウトプットする場も必要なのかなと思うよう。
これでは、人脈も、知識も広がらない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
昔の私は、聞き上手だったと思う。
もちろん話下手なので、いつも聞く立場になってしまうのだけど、
もっとたくさん人の話を興味ありげに聞いていたと思う。
そんな私の姿勢で相手もいろんな話をしてくれていたのだと思う。
今は、私の話を聞いて〜と前に出ちゃっている感じ。
どう見られたい、ではなく、
どう見せたい、受動か能動 active or passive


試しに
「自分の事がたまらなく好き」とか「私といるとみんな幸せな時間が持てる」と自己暗示してみようかな。。。






5月1日の日記

2010年5月1日 日常
いろいろとひと付き合いに関して考える。

昔は、自分と違う人と会っても苦にならなかった。
視点の違いで、目から鱗なんて事もしょっちゅうだったし。
それが刺激になっていた。

でも今は、なぜか共感できる人、共有できる人を求めてしまう。

それはやはり日頃の社交の少なさからだろうか、
それとも私が変わったのか。

この5年前に味わった、苦い経験が私の好奇心をゆがめてしまったのだろうか。

きっと
私は私だから、という自分軸がまだまだなんだろう。
一度無くした、自分軸。なかなか元には戻らないんだな。。。



4月20日の日記

2010年4月20日 日常
いろいろな事が頭の中を駆け巡っている。。。


インタビューは、もうこれ以上の出来なないだろう、というくらい精一杯やりました。
今も、ああいっておけばとか思うけど、後の祭り。
悔いはありません。

受かるかまだ分からないけど、想像以上に大変そうで、もし始める事になったらちょっと怖い。
家庭崩壊にだけはならないようにしないと。。。。
そのくらい、自分を家族を犠牲にしそう。。。。。。


英語能力試験を受けろとの連絡。
えー、いらないっていったじゃーん。
面接でダメだしくったか?
それとも、その試験でスコア取れたらって条件??
どちらにしも、受けます。
6月19日、長男の誕生日だけど。
ハイスコアたたき出してやる、みてろ。


さてさて、そんなんで解決してかなくては成らない事が増えてきました。

まず、
4月後半にコースの提出物。
すぐに6月中旬提出のレポート作成に入らないと。
5月末にはホリデーにいくので、その間にreadingのcatchupと
試験勉強。
6月19日は無理なので、20日にパーティする手配もしないと。

それが落ち着いたら、息子の学校関係のものを買わないといけないのね。
制服だの
体操着だの
鞄だの
ノートだの
教科書だの
文房具だの


そんな事しているうちに7月からレジ出んシャルスクール。



ああ、大学行きたいけど、
正直、怖い。。。。







明日

2010年4月16日 日常
とうとうインタビューが明日ある。
準備は、、、
もう一度、一人で声だして練習しよう。


Be myself.


これも一つの経験。

楽しんでこうよ!

4月8日の日記

2010年4月8日 日常
全く持って予想外でありました。

大学の社会人枠のshortlistに残ってしまった。

受かっても学費が払えませんが、どうしましょう。


とりあえず、恥ずかしくないように準備周到。
そして、自分でもほれぼれとするパフォーマンスをします。



3月28日の日記

2010年3月28日 日常
ストレスフリー。

1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 >

 

最新の日記 一覧

<<  2025年6月  >>
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293012345

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索